◇オシゴト◇



菊さんのだらけぶりを公開。



漫画紙芝居という新しいジャンルを確立しようと思うので一筆描いて下さいと言われ描いたものの
出来上がってみたら割と普通の紙芝居じゃないですか話が違うじゃないですかキクチさん



などと言わずにいろいろ仕事を回してくれるハラグチさんは良い人です。


販売開始したぽいです

掲載サイト




オーム社さんより「COMICWORKS2で描くデジタルマンガ」発売
巻頭カラー16P モノクロ240P B5変形
2400円。高ッ

表紙と作例マンガ4P、ちょびっとイラスト載ってます。
PC書籍扱いだそうです。



この凶悪顔が目印だ!!

















キクチカオリ

◇1988年◇
小学1年。すでに家の中にはマンガがあふれ引きこもりの兆候があったり。
どこぞのマンガ絵を模写ったところ机の周りに人垣ができる。
思えばあれが絵を描いて目立つという快感に目覚めた瞬間であった  ・・・・かも。



◇1994年◇
中学2年。同人とか始める。主にゲームジャンル
高校出てやめるまでとうとうホモには馴染めず



◇1998年◇
高校3年。マンガ同好会に所属していたため
顧問の先生に薦められて第4回まんが甲子園ブックバージョンに応募したところ
運悪く審査員賞にひっかかってしまう。

確か授賞式で進路きかれて
「マンガに活かせる学部の大学に入りたいです」とか頭悪そうなこと言ってた気がする(死)



◇1999年◇
↑とか言っときながら大学受験の手続きの面倒さに敵前逃亡
授業中に居眠りこきながらノートにラクガキしていた甲斐あってか
商業誌に読み切り(16P)掲載が決まり肩書き上は一応マンガ家となる。



◇2000年◇
同じ雑誌に2度目の掲載。死ぬほどペース遅い(死)
廃人の如く日々を消費する。

プロっていうのはマンガだけ描ければいいというわけでないということを
身をもって実感した時期でした。



◇2001年◇
マンガ家への道を断念し地味に人生を過ごそうと
とりあえず社会復帰へのリハビリとしてTSU○TAYAでバイトしてみる。
が、元より人付き合いの苦手な性分と
それまでの篭りがちな生活が仇となり7ヶ月で脱落。

マンガもダメ社会人もダメで鬱々とした日々を打開するために調理学校とか受けてみる。
見事に玉砕。ていうか11月に出願ってあたりがいかにも廃人。

このときジブリ絵掲と出会う。
お金や編集者や売り込みを忘れて楽しめる場所で随分と癒されました。

地味に雑誌にでも投稿するべ〜と気持ちを新たに描き始める。



◇2002年◇
やっぱり自分はマンガ描きとしてダメな人間だと二度目の逃亡(早い)
今度はファミレスにて皿洗いを試してみる。
業務用洗剤による肌荒れで6ヶ月で脱落。ヤワすぎ

唐突にデビュー誌の頃の担当氏から電話が来て3度目の掲載。



◇2003年◇
絵掲の友人に「webコミックやるならこんなソフトあるよー」と薦められ
「COMICWORKS」に出会う。
ウハウハで描きまくって応募して正規版げっと
あまつさえ連載もげっと。

今度は逃避でなく体力づくりと生活リズム維持と年金の為
スーパーの品出しのバイトを始める



◇2004年◇
住み慣れた秋田を離れ千葉人になる。
現在スーパーの惣菜部。



そんなこんなで今に至ります。

まだまだ駆け出しの新人です。お手柔らかに。








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